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スペシャルティコーヒー豆紹介

ゲイシャコーヒーとは

パナマ・エスメラルダ農園コーヒー03

エチオピア生まれの希少なコーヒー

ゲイシャコーヒーとは「ゲイシャ種」と呼ばれる、エチオピア原産のコーヒー豆です。ゲイシャ種はアラビカ種に属する品種の1つで、アラビカ種からの突然変異によって生まれたともいわれる、希少なコーヒーとなっています。

コーヒー豆には多くの種類がありますが、元をたどると「アラビカ種」「カネフォラ種」「リベリカ種」の3つの原種のいずれかに行き着くとされています。この3つの原種は「三大原種」と呼ばれており、それぞれ以下のような特徴を持っています。

<アラビカ種>

エチオピア原産の原種で、現在流通しているコーヒーの約6割がアラビカ種を原種としています。甘い香りと酸味のある味わいが特徴です。

<カネフォラ(ロブスタ)種>

アフリカ、コンゴ原産の原種で、現在流通しているコーヒーの約4割がカネフォラ種を原種としています。強い苦みと香ばしさが特徴です。

<リベリカ種>

西アフリカ、リベリア原産の原種で、現在流通しているコーヒーの1%にも満たず、リベリカ種を原種とするコーヒーは主に栽培地域で消費されています。苦みと香ばしさの強い味が特徴です。


アラビカ種を原種としたコーヒー豆は、現在もっとも多く栽培、収穫されています。ゲイシャコーヒーもアラビカ種を原種としたコーヒー豆ですが、栽培が難しく収穫量も少ないため、希少性のあるコーヒーとなっています。

ゲイシャコーヒーの名前の由来は?

「ゲイシャコーヒー」の名前は日本の「芸者」が由来になっているのでは?とイメージされる方も多いかもしれませんが、ゲイシャコーヒーは芸者とは関連がありません。エチオピアの「ゲシャ」と呼ばれる地域に自生していたことがゲイシャ種の名称の由来とされています。現在、ゲイシャコーヒーは中南米、パナマを中心に栽培されています。

ゲイシャコーヒーの歴史

ゲイシャ種のコーヒーがエチオピアで発見されたのは、1930年頃だといわれています。16世紀よりも前からコーヒー栽培が行われていたとされていることを考えると、ゲイシャコーヒーはかなり近年になってから発見されたコーヒー豆であるといえるでしょう。

ゲイシャコーヒーがパナマへ渡ったのは1960年代頃で、当初は他のコーヒーのさび病対策の1つとして用いられたといわれています。当時からゲイシャコーヒーのおいしさは認められていたものの、収穫量の少なさと栽培の難しさから、あまり注目されることはありませんでした。

ゲイシャコーヒーが一躍有名になったのは、2004年に開催された国際品評会のコーヒーオークションにおいて、歴代落札価格の世界記録を更新して落札されたことがきっかけとなっています。この出来事は「ゲイシャショック」とも呼ばれ、この日からゲイシャコーヒーは世界的に脚光を浴びることとなったのです。ゲイシャショックによるゲイシャコーヒーの高値高騰は現在も継続状態にあり、エスメラルダ農園のゲイシャコーヒーは1区画あたり約300ポンド(約5万円)ほどで出品されても、毎回すぐに完売となるほどの人気だといわれています。末端価格は通常のコーヒーの5~10倍を超えることも少なくないのです。

ゲイシャコーヒーは限られた土地でしか栽培できないため、品質の高さに定評はあるものの長らく市場に定着することはありませんでした。しかし、エスメラルダ農園に代表されるパナマのコーヒー農園の弛まぬ努力によって生産が続けられ、ゲイシャショックを経て近年の人気へと繋がっていきます。

現在、ゲイシャコーヒーは希少性の高いスペシャルティコーヒーとして、世界的に注目を集めていますが、コーヒー農園のコーヒーに対する誠実な姿勢によるところも大きいといえるでしょう。




  • 2026.02.26
  • 15:15

ブルーマウンテンとは


ジャマイカ産高級コーヒー ブルーマウンテンNO,1はこちら

ジャマイカのブルーマウンテン山脈の特定地域で栽培されるコーヒー

ブルーマウンテンの産地はカリブ海に浮かぶジャマイカにあります。 標高2256メートルのブルーマウンテンピークを中心に、島の東部を東西に走る山脈。その中腹にブルーマウンテン地区がありジャマイカの法律で定められたこの地区で採れるコーヒーだけが「ブルーマウンテン」の称号を与えられます。
首都キングストーンから車で1時間あまりの山道を走れば農園に到着。この地区は世界が羨むほどコーヒー栽培に適した自然条件を備えています。日当たり、風通し、降水量、肥沃な土壌そして、昼夜の寒暖差がコーヒーのコクや甘みを育んでくれます。午後涼しくなったと思ったらあっという間にあたり一面「ブルーマウンテンミスト」と呼ばれる霧が発生し、強い日差しを和らげ樹木に湿り気を与えます。

毎年3月から4月にかけ3日間だけ白い花を咲かせたコーヒーは恵まれた自然の中で育まれていきます。収穫シーズンは11月から3月で最盛期には100人以上の人が急な山の斜面に植えられた真っ赤に熟した赤い実をひとつひとつ丁寧に手摘していきます。


丁寧に手摘みされた珠玉の豆を天日乾燥し、さらに厳しくハンドピック

摘み取りの終わったコーヒーチェリーは果肉を除去し、きれいに水洗した後に乾燥場に広げて天日で丁寧に乾燥されます。十分に乾燥を終えたら品質を安定させるため2ヶ月間じっくり倉庫で寝かせて、仕上げの段階で硬い殻を取り除き粒の大きさ、重さで分別され、さらに手選別で欠点豆を取り除いた後にジャマカコーヒー産業公社(CIB)の最終検査が行われます。

なんとこの世界一高級で高価なブルーマウンテンの大半が日本に輸出されています。日本人のブルーマウンテン好きには驚かされます。ジャマイカではコーヒーの生産者の4分の1はブルーマウンテンを生産していますが、その他の地域でもコーヒーは生産されております。案外他のコーヒーのことは日本ではあまりよく知られていないようです。


今回改めて私が注目したのは、ブルーマウンテンNo.1以外のブルーマウンテンや他の地域の高地産のコーヒーはブルーマウンテンより美味しくないのかと言うことです。

これほどのコーヒー栽培適地で他にも、もっと美味しいコーヒーがあるはずとサンプルを取り寄せカップテストを繰り返し試してみました。やはり思った通り、豆のサイズは少し小さいですが味はクリーンでブルーマウンテンNo.1と変わりなく楽しめるコーヒーがありました。



ジャマイカコーヒーの品質及び等級には規格分類があります



種   類スクリーンサイズ
ブルーマウンテンNo.1    17/18が最低96%以上  
ブルーマウンテンNo.2  16/17が96%以上
ブルーマウンテンNo.3 15/16が96%以上
ピイーベリー(丸豆) 10以上

☆ ブルーマウンテンと呼べるのは法律で指定されたブルーマウンテン地区だけで栽培されたものです。

種   類スクリーンサイズ
ハイマウンテン・スプリューム  17/18が最低96%以上    

☆ ブルーマウンテン地区以外の高地で栽培されているコーヒー。

種   類スクリーンサイズ
ジャマイカ・プライム     16/17/18が最低96%以上  

☆ブルーマウンテン地域以外で栽培されたコーヒーで標高は中程度とされています。



モカコーヒー物語


コーヒーのルーツ モカコーヒー


◆コーヒーと人間の出会いについて◆
いくつかの伝説があります。
そのうちでよく知られているのが、アビシニア(エチオピア)でカルディと言う男の話があります。
モカコーヒーのルーツ
◆アビシニア起源説◆
ある日カルディが山羊を放牧していたところ、山羊が何かの赤い実を食べて、興奮して跳んだり跳ねたりしているのを見ました。カルディもその実を食べてみたところ、甘酸っぱくとても爽快な気分になりました。
カルディがその実を近くの修道院に知らせた事がきっかけで、コーヒーがこの世の知るところとなりました。
時代は6世紀とか9世紀とか言われています。
◆もう一つのアラビア起源説◆
13世紀頃、アラビアにシェーク・オマールという人がいました。
彼は当時の指導に背いた罪のために亡命中で、モカの山中に住んでいました。
ある日彼は小、鳥たちが赤い実をついばんでさえずっているのを見ました。その実を採って煮出して飲んでみると、疲れが取れて活力が戻って来るのを感じました。
オマールはその実を採取して山を下りました。道中で病人に出会うと、その実を煎じて飲ませたことが町で評判になり、彼がモカの町に着く頃には聖者として崇められていました。
その赤い実というのがコーヒーの木の実だったのです。
通説では1258年の出来事であり、オマールはイスラム聖人シーク・スシャデリの弟子であったと言われています。
モカコーヒーのルーツ
◆モカ・コーヒーの由来◆
15~16世紀頃からコーヒーの栽培は本格化しますが、そのほとんどはイスラム諸国向けでした。17世紀の初頭にはコ-ヒーはヨーロッパにも広まり、当時コーヒー輸出港であったイエメンの紅海に面した「モカ港」には、オランダ、イギリス、フランス等が次々にコーヒー商館を建て、モカ・コーヒー盛況時代の到来となります。
ヨーロッパの消費拡大に伴い、イエメン産のコーヒーだけではとうてい需要が追いつかず、対岸のエチオピアからイエメンにコーヒーを運び入れ、モカ港から輸出したのです。
エチオピア産のコーヒーも「モカ」と呼ばれているのは、モカ港から同じように輸出されていたためです。17世紀後半から18世紀になると、オランダやフランスがイエメンのコーヒーの木を自国の植民地に植樹して、それぞれの国で栽培が盛んになり、高価なモカ・コーヒーの需要は段々と減ってゆきました。19世紀後半になるとモカ港におけるコーヒー輸出量は激減しました。現在はモカの港からは輸出されていませんが、今でも「モカ」の名前は受け継がれています。


モカコーヒーのルーツモカコーヒーのルーツ


◆コーヒー伝説の国イエメン産コーヒーについて◆
首都サナアから西に50km、1時間のところ「モカマタリ」の原郷、バニーマタル。バニーは(雨)マタルは(部族)の住んでいる所地域を指します。
バニーマタル族はイエメン最大部族です。アラビア語のバニーマタルがマタリに変化し、つまりモカマタリの原語はモカ港から輸出されたバニーマタル産だったわけです。
この地区では、現在でも石畳の上に摘み取った実を並べて天日乾燥します。十分乾燥して黒色になったところで昔ながらの方法:石臼で脱穀します。
首都サナアにはバニーマタルをはじめ、ハイジやハイマ、ハラーズ地方の山岳地帯よりコーヒー豆が集まります。日本や欧米への輸出向けには、高級品としてこの地方のコーヒーを「サナニ」と呼んで取引きされています。

モカコーヒーエリア図
◆エチオピア産「モカ・アビシニア」について◆
モカ・アビシニアはエチオピアのゲディオ地区にあるコンガ村で丁寧に育てられた素晴らしいG1ナチュラル・モカコーヒーです。
真っ赤に熟したコーヒーチェリーは収穫されると、アフリカンベッドと呼ばれる伝統的な乾燥台で2週間もかけて毎日手作業で丹念に天日乾燥されます。
乾燥後、脱穀したものを入念にハンドピックします。その欠点豆の無い良質な豆は、繊細な香味を持っています。

【味の特徴】
ハーブを思わす華やかな香りと明るい酸があり後味に甘みをお楽しみいただけます。

エチオピア マップ


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